大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所室蘭支部 昭和33年(わ)3号 判決

被告人 伊藤義雄

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中六十日を右の本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和二十三年五月二十八日旭川地方裁判所において窃盗、横領罪により懲役一年六月(五年間執行猶予となり同二十四年二月十六日札幌簡易裁判所において右の執行猶予は取消)に処せられ、同二十五年十月二十五日浦河簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年に、同二十七年六月十三日函館簡易裁判所において窃盗罪により懲役二年に、各処せられいずれもその刑の執行を受け終つたもので、同二十九年十二月四日北見簡易裁判所において窃盗罪によつて懲役三年に処せられ、同三十二年七月仮釈放となつて札幌刑務所を出所したものであるが更に常習として、

第一、昭和三十二年九月五日午前七時頃旭川市一条七丁目左六号山城屋旅館二階十六号客室において同所に宿泊中の客松本隆雄所有の現金六万九千円を窃取し、

第二、同年十月十三日午後七時頃苫小牧市表町十八番地所在旅館富士館一号客室において同所に宿泊中の客窪田洋吉所有の現金約八千円在中の札入れ財布一個並に現金約四百七十円在中の小銭入れ財布一個を窃取し、

第三、右同日同時刻頃右同旅館第二号客室において同所に宿泊中の客土屋芳美所有の現金参千七百円を窃取し、

第四、同年十一月十六日午後七時三十分頃空知郡滝川町字栄町三百七十六番地所在のさぬき屋旅館十六号客室において同所に宿泊中の客松尾重正所有の現金弐万五千円を窃取し、

第五、同年同月二十五日午前五時頃室蘭市大町二十四番地所在寿屋旅館二階客室において同所に宿泊中の酒井五十雄所有の現金約三百円外身分証明書等二点を窃取し、

第六、同年同月三十日午後七時頃有珠郡伊達町字網代町カフエー太陽こと伊達右馬治方玄関内より北見豊所有のジヤンパー一枚外マフラー等四点(時価合計一万三百円相当)を窃取し、

第七、同年十二月十一日午前八時頃旭川市八条八丁目西五号所在東屋旅館五号客室において同所に宿泊中の客猪山高所有の現金四千円並に小切手二枚(額面千八百円のもの一枚、六千五百二十円のもの一枚)を窃取し、

第八、同年十二月十五日午前七時三十分頃苫小牧市表町三番地所在大三旅館二階第十五号客室において宮田等所有の現金二十六万円並びに小切手一枚(額面二万五千円)を窃取し、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律第三条第二条、刑法第二百三十五条(包括一罪)第五十七条第五十六条第十四条に該当するので所定刑期の範囲で被告人を懲役四年に処する、なお刑法第二十一条により未決勾留日数中六十日を右の本刑に算入する。

訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項によつて全部被告人の負担とする。

(本件起訴手続についての判断)

検察官は本件について、当初昭和三十二年十二月二十八日付にて判示第八の事実についてのみ盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律違反とし同法第三条に該当するものとして起訴状を提出したのであるが、その後更に昭和三十三年一月十日に至り更に別個の新な起訴状を提出し同日付にて、判示第二乃至同第五および同第七の事実を同様、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律第三条に該当するものとして公判請求をし、その後同年二月十三日付にて訴因の追加変更請求書と題する書面を提出し同書の記載によれば前記昭和三十二年十二月二十八日付起訴状記載の公訴事実に付加して、判示第一および同第六の各窃盗事実の追加審判方を請求する趣旨を明らかにしている、しかして当審公判(昭和三十三年二月十三日)において右の各措置ならびにこれに対する検察官の見解を糺明したのに対する検察官の釈明によれば、検察官としては「本件は包括一罪ではあるが本件事実についてこれを分割して追起訴の方法によつて二回に起訴することも違法ではなく、又前記の如き訴因の追加という方法によることも許されるものである」というに過ぎず理由として首肯するに足るべきものが無く、唯弁護人および被告人の双方に何等の異議がないこと、特段の不利益を与えないというに過ぎないものの如くである。よつてこの点について検討するに検察官の意図する所は判示認定の如く、全部の各窃盗事実を常習累犯窃盗としてこれを合一の手続において審理判決され度いというのであるが、起訴の方法として新な起訴の方法によるのと、訴因の修正の方法によるのと二つの方法が本件ではとられている。この点も形式上は首尾一貫しない感がある。又、この手続自体としても問題が尠くない。

しかしながら当面の論点として起訴状による審判請求は訴因の修正よりも丁重なる形式であり、本来ならば訴因の修正の方法によつてなすを以つて足りるに拘らずそれよりも次元の高い方式を取つたものとも解せられるので包括一罪について本件の如く同一手続上審判可能なる場合に分割起訴の方法を排斥するに足る実質的論拠少く、訴因の修正の方法も亦これを拒否すべき理由に乏しく、唯その一のみに限り許容するというのも狭きに失する感あり、包括一罪が特殊の犯罪類型をなす点と訴訟経済上の理由ならびに、後の起訴は検察官側の釈明と被告人側の諒解とを綜合し、当初の起訴に係る訴因の修正として訴訟行為の転換を認め、当初の起訴の包含する訴因の範囲を拡張し、これら全部の訴因について審判を可能ならしめるものとし、これを許容し得るのではないかと考えられる。この点事案は異なるも近時の最高裁判所判例にも同様の趣旨かとも解せられるものがある(最高裁判所判例集第十巻第十二号第一七四六頁、麻薬取締法違反被告事件、昭和三十一年十二月二十六日大法廷判決判示事項第四、包括一罪を構成する一部の行為に対する追起訴状の提出と二重起訴、右についての解説、法曹時報第九巻第二号第八十二頁)。

なお旧刑事訴訟法時代における連続犯について追起訴又は二個の起訴状が同一手続上提出せられた場合に関し旧大審院判例にも右と同趣旨かと考えられるものあり。

((一)、衆議院議員選挙法違反被告事件、大正五年三月二十三日大審院判決、判決録二二輯三九〇頁、(二)、横領被告事件、昭和七年十一月二十四日大審院判決、判例集十一巻一六七九頁)。

次に、本件の場合、昭和三十三年一月十日付起訴状について公訴棄却の裁判を必要としないかという点について検討するに刑事訴訟法第三百三十八条第三号によれば「公訴の提起があつた事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき。」と規定されてをり、同一事件について同一裁判所に二重の起訴がなされた場合、判決を以つて後の起訴について公訴棄却の言渡をなすべきものとせられているのであるが本件起訴にかゝる公訴事実は所謂包括一罪と解すべきものであつて、右法条を形式論理的に見る時は同一事件について二重の起訴がなされたかの如き観を呈するのであつて、正しくは当初の起訴状の訴因の変更の手続のみにより処理せられるべく、本件の如く、追起訴の方法によることは正当と解し難いところではあるが、本件の如く、多数回に亘り日時、場所を異にし、被害態様の具体的情況も異なる犯行についての起訴であり、右法条に規定する重複起訴と解する必要なく共に実体的審判に立入ることが究極において被告人等の利益を侵害せざるのみならず、むしろ利益となる場合であり、且又、前記最高裁判所判例および旧大審院判例も亦、連続犯についての追起訴等に関する判例において、後の起訴に対し公訴棄却の裁判を要しないものとしている点に鑑み既に実体的審理判決を可能とした以上同一手続において後の起訴状につき、特に公訴棄却の判断を要しないものと解せられるので、判示認定の如く常習累犯窃盗の包括一罪としての関係に立つ本件全部の訴因について実体的審判をなし、本件主文において右昭和三十三年一月十日付追起訴状の公訴事実に対しては特に公訴棄却の言渡をしない。

以上によつて主文のように判決する。

(裁判官 藤本孝夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例